ねこの日々 - ブログ版

趣味のフルートのことや愛猫のことを、たま〜に呟きます。

http://www.togakuren.com/13th-taikyu/13th-top.htm日本山岳耐久レース

昨年に引き続きダンナと仲間達が、10月9日、10日に開催された、第13回 日本山岳耐久レースに参加してきた。私は、例によって例のごとく、私設サポーターとして随行。


朝5時半に集合して移動開始。天候は雨。その前も1週間近く天気が悪かったのに、断続的に降る雨を見ながら、昨年のレース経験者のテンションはものすごく下がっていた。10月10日って「晴れの特異日」だったような。昨年は前日に台風がきたものの、どちらかと言えば風台風だったし、当日もスタートまでは霧雨様だった。それでも皆、泥(というよりは粘土)まみれで戻ってきた。捻挫した者もいたし、例えばダンナは指先を血で染めて戻ってきたのだった。どうしても、それを思い出してしまうらしい。それなのに、今回はレース前1週間から天候が悪く、当日になっても雨が降り続けているのだから、出走者ならずとも不安を覚えてしまう。


一方で、初参加のメンバーは、割とケロッとしている。このレースに申し込んだことそのものが清水の舞台から飛び降りるようだったので、既に抱える不安は最大になっており、それ以上不安がる余裕が無いのだ。


今回行動を共にする仲間からの出走者は15名、サポーターは5名。出走者のうち経験者11名で昨年も出走したのが8名。出走する女性2名は初参加だ。


サポーターメンバーは、もう何回もサポーターとして参加してくれていたり、レースに出ていたりした者も含まれていたので、仲間達全体の取り纏めをダンナがやっている都合から、サポーター取り纏め役となってしまっている私にとっても、大変に気が楽になるメンバーだった。サポーターの一人は、今回レース出走予定で申し込んでいたけれど、調整不足を理由にサポーターへ転向。レース本部へリタイアの報告と共に計測チップを返却に行ったら、本来は一緒に返却するべきゼッケンを「これを見てこれから1年反省しなさい」とのお説教と共に渡されたそうで、早速の笑い話となった。


スタートを傘を差しながら見送った後は、サポーターを中心とした話になってしまうのだけれど、出走メンバーからの温かい心遣いによるおいしいお昼を頂き、ロッジの手続きと荷物の搬入及び片付けを済ませた後、食料の買出しに出る。天候から、リタイアで早々にメンバーが戻ってくることを考え、例年ならばゆっくりしている時間から、カレーとけんちん汁の調理に取り掛かった。その後、私達の夕飯。友人による本場チヂミを堪能していた午後8時、リタイア者の第1報が入った。関門から電話をしているので、実際に迎えに行くのは2時間位後になるとのことで、まだまだしばらくはのんびりと過ごす。


出走者から帰還の連絡があれば迎えに行き、ロッジに着いたらまずはシャワーを勧め、その後希望に合わせたご飯を用意して、心地がつくのを待つ。それから色々とレースの様子を聞きながらにぎやかに過ごす。あるいは布団を勧める。今回の出走者数(暫定値)は2005名。一歩進んで2歩下がるような、踏み出してもずるずると落ちる状況で、周りの木や岩を掴みながら登らねばならないほどだったことや、更に1000人以上もの人数によって踏みつけられた泥は、後へなればなるほど、焼き物が出来るのではないかと思うほどの粘土と化し、おまけに道が良く見えないことから、とにかくただ歩くだけで大変だったということを、それぞれの立場や感想を交えてしてくれる話を聞いていた。それと同時に、途中経過を出走者の報告やPC環境のある知人へ依頼してホームページから途中経過を見てもらって情報を得つつ、メンバーの様子を想像して楽しんだり、サポーターの動き方を予測したりした。


レースをしている方が24時間(上限)耐久で、実際の起床時間から考えるとそれ以上起きていることになっているのならば、サポートしているこちらも同様になる。もっとも出走者とは異なってシフトを組めるけれど、少なくとも誰か一人は完徹することになる。そのうちの一人は例年私が請け負っている。今年も翌朝6時過ぎまで起きてお迎え等をやったのち、2時間ほど睡眠をとる。電話がきっかけで起きたけれど、意識がはっきりとしたのでそのまま活動を開始した。


レース終了の10月10日13時には、皆が怪我無く戻ってきた。何よりだ。メンバーの靴は、どれも「粘土で出来た」オブジェになりそうな靴と化していた。仲間からの完走者は6名。皆経験者だった。来年、晴れるといいね。ちなみに、大会全体での完走者は1111名。出走者の55%程度だ。


皆が戻った後は、一部帰宅するメンバーを除くメンバーで戻った人のご飯に付き合いつつおしゃべりをしたり、軽く睡眠をとったりしながら夕方までのんびりと過ごし、晩はBBQで打ち上げ。BBQ後は二次会が始まったけれど、私は食材整理を兼ねてつまみを用意したあと飲み会には参加せず、シャワーを浴びてすぐ寝るべく支度した(結局少し付き合うことにはなったけれど)。翌朝は6時半に目覚ましをかけて一度目を覚ましたけれど、音を立てるのが忍びないほどに周りが良く寝ていたのでそのまま二度寝する。8時前に再び起きて、こっそり身支度をしてから、こっそりと朝食の準備を開始。


これは余談だが、サポーターをやっていて一番面白いと思っているのが、帰宅する日の朝ご飯の支度だ。残されている食材を出来るだけ使い切るように、メンバー全員に食事が行き渡るようにメニューを考えて作るのが、パズルのようで面白い。今回は残った食材が(誰かが買ってきた)しょうがのみで、かなり優秀だった。お米だけはしっかりとあったので、少なくともお腹は膨らむだろうと気が楽だった。作ったご飯もおいしいと言って貰えて、かなり満足。あ、ご飯はなべで炊きます。ロッジの電源容量が少ないからです。でも、炊けるのが早くておいしいですよ。皆も珍しいみたいで、それだけで興味を持って食べてくれる。


でも、私は今回、自分で作ったものを食べていないんだよね、そういえば。味見はしたけれど、空腹はバナナとかパンとかで満たしてしまった(笑)これもまた恒例なのだけれど。


帰路に着く頃には雨はやんだけれど、それまでは一体どこにこんなに雨があったのだと思うほどに降り続けていた。選手も大変だけれど、大会スタッフはもっと大変だ。今年も10月10日の朝に、サイレンの音やヘリコプターの音がしていた。誰か迷子になった人がいたのだろうか。オオゴトにはならなかったようで何よりだったのだけれど。


ちなみに、トップで戻ってきた人は、この悪条件の中、大会レコードを更新したそうだ。一昨年、昨年と優勝した方は今回は出ていなかったのだけれど、こうなると来年は意地でも出場するだろう、と皆で予想。来年は更にデッドヒートしそうだ。