ねこの日々 - ブログ版

趣味のフルートのことや愛猫のことを、たま〜に呟きます。

私の場合

id:konashiさんのブログ『小梨妻が、とことん突き詰めるブログ』を最近興味深く拝読している。特に『魂レベルで産みたくない』にある理由は私にも被るものがあり、勝手に親近感すら覚えました。

 で、私の場合。

  1. 自分が人間的に、精神的に、子育てに適しているとは思えない。
  2. 子育てに耐えうるだけの体力を有しているとは思えない。私の体力のなさをカバーできるだけのフォローをダンナに期待できない。
  3. 生まれてきたのが自分だったというのは非常にオソロシイと思っている。
  4. 遺伝性がある程度強いと言われている持病があるため(事実親も罹患している親戚も多い)、それを引き継がせたいとは思わない。

 (1)については、もうそのまんま。楽器仲間のお子さんをまとめてみた経験もあるのだけれど、小学1年生くらいを相手にマジ喧嘩したことがありますもんねぇ(笑)他人の子供だからと我慢できることもあるのだけれど、それを返せば自分の子供だったらどうなっていたことかと思う。これは保育士経験者でご自身もお子さんのいらっしゃるようなプロでも「自分の子供なら手が出るんだけど、他所様のお子さんだからまあ我慢できるのよね」とおっしゃっていたことから、やはりかなり難しいことなのだろうと思う。親だから出来ることでもあるのだけれど、その程度限度を適切に保てる自信は全くない。

 (2)もそのまんまですね。期待できないのは性格上ではなくて仕事上の都合です。私自身は、ま、今は多分大丈夫だと思うけれど、妊娠出産に関しては、自分の身を守るために、一応医師に相談しなければならなさそうだし。産んだだけでは済まないのですよね。もれなく「育てる」という事柄が付いてきますものね。

 (3)は、これは昔から持っていた感覚ですが、意識改革はかなり難しい。自分のことを大事に思う割には、自分のことを好きではないのでしょう。他所様のお子さんでさえ「自分が子供の頃もこんな感じだったよねえ」と思うことがあるのです。ま、似たような道を辿るということでしょうが、それが自分を投影していると思いやすい自分の子供だったら、頭を掻きむしりたくなるでしょう。

 (4)もそのまま。私の母は「でも・・・」と言いますけれど、私には子供の頃からそれなりに負担になったりもしたわけで、同じ経験をさせたいとは思わないんですよね。

 周りからネガティブ思考だと言われても、「案ずるより産むが易し」という言葉に素直に従えないです。

 という上記を突き詰めていると、konashiさんの書かれている「ある意味究極の過保護とも言える感情」に笑いながら頷いてしまいました。ほんとに、まったく、その通りですね。そう、せめてスタートラインは普通にしてあげたい。始めから負を背負う必要はないですから。それは子のためにも自分のためにも。……あ、子のためとか言いながら結局自分のためか。私って自分のことを好きなのか嫌いなのか……むぅ。