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ねこの日々 - ブログ版

趣味のフルートのことや愛猫のことを、たま〜に呟きます。

無地か罫線入りか

 私は考え事をしていると、筆記具を手に書きなぐるタイプだ。思い浮かんだことをひたすら書く。それは文字(文章でも単語でも)だったり図だったりと様々だけれども、とにかくあれこれと書き付ける。

 そのための紙は、できれば無地を使いたいのだけれども、職場で支給されるノートは当然といえば当然ながら罫線入り。ということで、自分で購入した無地用紙の冊子とか廃棄予定の片面コピーの裏(いわゆる裏紙)を使ってしまう。考え事の経緯は一冊に収めておけばよいのだろうけれど、このような事情で、ノート以外の紙の束を生み出してしまう。というか、果たしてノートの役割は如何ほど果たせているのだろうかと悩ましくもなる。

 どうして無地なのかと問われると困るのだけれど、無地の方が図を描きやすく感じるから、かも知れない。何よりも自由だ・・・・・・などと言っているけれども、中学生頃までは、ノートに罫線がないと落ち着かない人だったなあと思い出す。

 転機は高校生の頃だろう。受験における数学の試験の答案用紙は真っ白な紙だよと聞いて、そのときにあわてない為に自分を訓練した結果だ。その話を聞いてすぐに数学のノートは無地ノートに限るようにした。演習は問題を書いて、以下真っ白にして、そこに解くようにした。それを延々3年間繰り返しているうちに、罫線のない紙に書くことが苦ではなくなった。むしろ罫線に縛られそうになるのが嫌で、数学だけは無地でないと落ち着かなくなってしまった。これは高校時代書道部にいたことも影響しているかもしれない。あれも、真っ白な紙に書き付けていくものだから。今の私が高校生なら、科目に係わらず無地ノートを使うんじゃないだろうかと思う。

 なんてことを、考え事をしつつ、やりづらいなあと思いながら、罫線入りのノートに書き付けている時に思ったので書いてみた。A4版の無地ノートを職場のノートにしてくれないかなあ、なんて思うのだけれど、需要が少なそうだなあ。罫線が気にならない人は気にならないのだろうし、昔の私みたいに罫線がないと落ち着かない人もいそうだし。