私は長屋住まいなのだが、同じ棟には我が家以外の住人はいない。写真のチューリップは、そんな主が不在となった、同じ棟のあるお宅の庭先に残された球根から咲いたもの。もう、何年も、誰も世話をしていないのに、春になると芽を出し、ひっそりと花を咲かせているのだ。年々、花の数が減っているけれども。
このチューリップを見ると、強いな、と思うのだ。敵わないなと頭が下がる。咲きたいから咲くという意志や、咲かねばならないから咲いたという義務感を果たしたのだという気持ちを、勝手に感じてしまう。自分ひとりでもやり遂げているんだなあ、と。
こんな風に妙に感傷的になっている、春の日。